経営者がアートを飾るのは、装飾のためだけではありません。理想や価値観を映す作品が、目標を意識し続ける手がかりになる理由を、心理学の知見とあわせて整理します。
経営者の執務室や応接室に、印象的な一枚が掛かっているのを見たことはないでしょうか。成功した人ほどアートを飾っている──そんなイメージには、実は少しだけ根拠があります。
本コラムでは、アートを理想の未来を映す装置として捉え直し、その意味を心理学の知見とあわせて考えます。
経営者の部屋に、なぜアートがあるのか
企業のトップが過ごす部屋には、その人の考え方が表れます。書棚に並ぶ本、机の上の写真、そして壁に掛けられた一枚の絵。どれも本人が自分で選んで置いたものです。
来客から「この絵はどなたの作品ですか」と聞かれ、作家の背景や選んだ理由を語りはじめる経営者は少なくありません。そこで語られるのは、絵の技法よりも、自分が何を大切にし、どこへ向かおうとしているかという話であることが多いものです。
つまり経営者にとってのアートは、壁を埋めるための装飾ではなく、自分の価値観やビジョンを形にしたものとして機能しています。ここに、成功者とアートの関係を読み解くヒントがあります。
アートは「何者でありたいか」の表明
事業計画書や理念は言葉で書かれます。けれど、言葉にしきれない理想もあります。挑戦し続けたい気持ち、静かに積み上げる誠実さ、まだ誰も見ていない景色への憧れ。そうした感覚は、一枚の絵のほうがずっと端的に伝わることがあります。
たとえば次のような選び方です。
- 力強い筆致の抽象画 ── 停滞を嫌い、変化を起こし続けたいという意思
- 広がりのある風景画 ── 長い時間軸で事業を育てたいという姿勢
- 若手作家の挑戦的な作品 ── 次の世代とともに成長したいという想い
作品は、持ち主が「自分は何者でありたいか」を外に向けて宣言するメディアになります。そして、その宣言をいちばん多く目にするのは、来客ではなく持ち主本人です。
理想の未来を、毎日目に入る場所に置く
経営者の一日は、目の前の判断で埋め尽くされます。資金繰り、採用、トラブル対応。忙しさのなかで、本当に目指していた姿は少しずつ視界から外れていきます。
そこで効いてくるのが、理想の未来を象徴する作品を、毎日目に入る場所に置くという習慣です。朝デスクに座ったとき、会議の合間にふと顔を上げたとき、その一枚が「自分はどこへ向かっていたのか」を思い出させてくれます。
願いを込めて飾る、と言うとスピリチュアルに聞こえるかもしれません。けれど、見るたびに目標が意識にのぼるという働き自体は、ごく現実的なものです。次の章では、その背景を心理学の視点から見ていきます。
心理学から見る、アートを飾る意味
アートと目標の関係は、心理学のいくつかのテーマと重なります。ここでは三つの視点から整理します。
1|目標を「見える形」にする
目標は、頭の中にあるだけでは忘れられがちです。手帳に書く、ビジョンボードをつくるなど、目標を視覚化する工夫が昔から勧められてきたのはそのためです。
アートは、言葉にしにくい理想をイメージとして外に出したものと考えられます。数値目標が「何を達成するか」を示すのに対し、作品は「どんな状態でありたいか」という手触りを残してくれます。
2|環境が、意識の向きを変える
人の行動は、意志の強さだけでなく、身の回りの環境から受け取る手がかりに大きく左右されます。習慣研究では、決まった場所や物が特定の行動を思い出させるきっかけになることが繰り返し示されてきました。
毎日目にする作品は、こうした手がかりのひとつになり得ます。何度も視界に入ることで、その作品に重ねた目標が意識にのぼる回数が増える。アートを飾ることは、意志に頼らずに目標を思い出せる環境づくりとも言えます。
3|空間は、持ち主の自己像を映す
心理学者サム・ゴスリングらの研究では、初対面の人でも、部屋やオフィスの様子からその持ち主の性格をある程度読み取れることが示されています。人は空間に置くものを通じて、自分が何者であるかを他者に、そして自分自身にも示しているのです。
選んだ作品を日々眺めることは、自分の価値観を確かめ直す行為でもあります。「この絵を選んだ自分」でいようとする意識が、判断の軸を整えてくれることもあるでしょう。
ただし、「飾れば成功する」わけではない
ここで一つ、正直にお伝えしておくべきことがあります。アートを飾る経営者ほど成功する、という因果関係は示されていません。成功したから良い作品を手に入れられた、という逆の流れも十分に考えられます。
さらに心理学には、少し耳の痛い知見もあります。理想の姿をただ思い描くだけでは、かえって行動への意欲が下がる場合があるという研究です。心理学者ガブリエル・エッティンゲンは、望む未来を思い描くことに加え、そこに至るまでの障害も合わせて考えることで、行動につながりやすくなると示しています。
つまり、アートは成功を運んでくるお守りではありません。理想を思い出させる「きっかけ」であり、そこから先の一歩を踏み出すのは自分自身です。
作品を眺めたあとに「では今日、何をするか」と問いかける。その往復があってはじめて、飾ることに意味が生まれます。
理想の未来を映す一枚の選び方
目標を意識する手がかりとしてアートを取り入れるなら、選び方にも少し工夫が要ります。
- 「好き」に加えて「なりたい」で選ぶ ── 色や構図の好みだけでなく、その作品が自分の目指す姿と重なるかを考える
- 作家の物語を知る ── 誰が、どんな想いで描いたのか。作家の挑戦や生き方が、自分のビジョンと響き合う作品は長く心に残る
- 毎日目に入る場所に飾る ── 応接室だけでなく、自分のデスクから見える位置に置く
- 見たあとに問いを立てる ── 「この絵が示す未来に向けて、今日やることは何か」を習慣にする
とくに、これから評価を高めていく若手作家の作品は、経営者の姿と重なりやすいものです。まだ道半ばで挑戦を続ける作家を応援することは、自分自身の挑戦を応援することにも通じます。
なお、法人で購入する作品は、条件を満たせば減価償却の対象となる場合があります。理想を映す一枚を選ぶことが、画家の支援や資産形成につながる可能性もあります。税務上の扱いについては、税理士など専門家への確認をおすすめします。
空間に、未来を飾る
成功者がアートを飾るのは、成功の証を見せびらかすためではなく、自分が目指す未来を忘れないためなのかもしれません。
アートは魔法ではありません。けれど、理想を思い出させてくれる一枚が毎日そばにあることは、目標に向かって歩き続けるための確かな支えになります。
あなたのオフィスには今、どんな未来が飾られているでしょうか。